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このブログは「裕玉@肉人(ゆうたまあっとにくんちゅ)」の個人的な日記です。18禁のエロい絵などもあるのでお気をつけください。

2017/07 |  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 | 2017/09

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 いやー、ついに機動戦士ガンダム00(ダブルオー)も終わってしまいましたね。
 個人的に好みの作品でだったので、やっぱり最後までテレビの前で正座して見ちゃいましたよ。

 いろいろほかに書くこともあるのですが、今日は我慢しきれないので「機動戦士ガンダム00最終回と、00って作品自体の感想(当たり前ですがネタバレです)」を日記に書こうと思います。

 たぶん、ものスゲー長くなるからご注意を……お気を付け遊ばせ(なんのこっちゃ)!

 っちゅーわけで本文は↓「続きから読む」↓からだす。

 えーと、どこから書けばいいのか……w

 とりあえず劇場版決定おめでとうございます。絶対見に行きマウス(なんかいい語尾ねーかな)。

 最終回「再生」と、その一話前「BEYOND」は本当に燃えるように見てました。

 次々とやってくる超逆境の中、キャラクター一人一人の思いが交錯しつつ、素晴らしい盛り上がりを見せる戦闘シーン。

 ダブルオーと刹那が見せた「人の心の光」による、みんなの思いをぶちまける会話。

 そして、最終回に出てきたリボーンズキャノン(あのガンキャノンみてーなヤツ)から、ファンネルつけたガンダムへの変形、そこからエクシアに乗り換えた刹那と、0ガンダムに乗り換えたリボンズの、新旧主人公対決を彷彿とさせる展開の(あくまで「彷彿とさせる」である。リボンズとアムロはそもそも全く違うキャラ)、最後の決戦!

 リスペクト富野としてのサブタイトル「BEYOND」と、「あれが、人の心の光だ……」って逆シャアネタ、エルガイム最終回チックな最後の旧主人公機に乗り換え(こっちはたまたまかな)も、非常に好印象でした。

 そして、「最後はみんな罪を償って死ぬのかな」と思ってたら、「世界が悲鳴をあげたとき、ガンダムとソレスタルビーイングは再び人々の前に現れる」っちゅー、水島監督&黒田洋介にとっての「ガンダム神話」的な結末。

 サジ、ルイスを助けられてよかったね。これからはお前がルイスを守っていくんだぞ。

 コラ沢生きててくれてありがとう。マネキン大佐とは五人兄弟とか八人兄弟とかの子だくさん家族になりそうな気がする。
 「パパの真似しちゃいけません!」って子供たちに言うマネキン大佐と、その言葉に凹むコラ沢を妄想して萌え。

 いやー、非常に俺好みのアニメでした。

 まだ火星で何かするらしい劇場版も、楽しみですなぁ(火星だよね?木星じゃないよね?)。
 ※3月31日追記やっぱり木星っぽいです。まぁ、そりゃあガンダムだから木星のほうが自然か。 



 ……楽しみついでに、00って作品自体のテーマとか個人的なまとめを勝手に考えてみたりする。

 そのためにはまず、ガンダム00のテーマと一緒に富野ガンダムのテーマも考えなくちゃいけない。

 富野ガンダムのテーマは、「戦争と、戦争に巻き込まれた少年の成長」ってものを根っこにしつつ、「1970年代にあった学歴至上主義社会に対する反骨心」やら「第二次世界大戦からそんなに時間が経ってない空気や感覚」なんかをもった人たちが作って、「肌の色や言葉が違う人たちが分かり合うにはどうすればいいの?」とか「種族差別」なんかの考えや思想をふんだんに盛り込んだ群像劇のヒューマンドラマなんだけど(というか、基本的にガンダムシリーズはこの辺のルールや感覚を守らなくちゃいかんのだ)、00もその辺はしっかりリスペクトしてると思う。

 00は「戦うことしか知らなかった一人の非人間的な少年、刹那・F・セイエイが、戦いや仲間とのコミュニケーションを経て人間性を取り戻し、やがては一人の人間として大きくなっていく」ってドラマと、「普通の一般人として暮らしていた少年、サジ・クロスロードが、世界や周りのことを知り、大きくなっていく」っちゅー、「ダブル主人公もの」ってところがキモだったワケですな。

 「刹那」を盛り上がらせるために、視聴者の視点に近い「サジ」をもう一人の主人公にしたんだね。

  
 その「ガンダムを現代のアニメとして描くには、どういう主人公たちにすればいいか?」をメインテーマに据えつつ、「イラクやチベットを筆頭に、世界中で起きている戦争や紛争」「テロ問題」「北朝鮮との一種の冷戦状態(なんて言えばいいのコレ?)」や「エネルギー問題」、「視聴者の大半が知らないであろう、世界中の多くの人々の暮らし」なんかの、いまメジャーになっている世界的な問題(00の企画持ち上がったのが何年前かは知らないけど)をサブテーマにして、アニメチック、マンガチックなラッピングやドラマ作りをしたのが「機動戦士ガンダム00」だと思ってる。

  つまり、00のファーストシーズンは「地球上にあふれ返っている現代世界の問題」にスポットを当てた展開だった。
 南米の大麻畑を無理矢理焼き払ったり、民間軍事会社(マクロスFでいうところのSMS)に所属する戦争中毒者、アリーアル・サージェスたちが行った宗教テロのための洗脳行為、時には本当にテロを取り扱ったり。

 当然、「ソレスタルビーイング自体がテロリストみたいなもんやんけ」って意見もあるけど、ソレスタルビーイングの存在は「世界を平和に向かわせるために、悪をもって悪を裁く悪役集団」っちゅー、「自分たちが悪いことをやってる自覚と罪悪感を持ちながら戦う戦闘集団」だったハズ。

 その中で、刹那は「かつて、自分は神の使いと教えられてテロリストとなり、多くの人を殺した。けど、この世に神はいないことに気付き、この世から愚かな戦いをなくしたい」みたいなことを白状したり、ロックオン一号は「俺は家族をテロで失った、だからテロをなくしたい。そのために自分がテロリストまがいの人間になろうとも、俺はそれで構わない」って叫んだり。

 アレルヤは「戦争のための道具として作られた自分のような人間が、もうこの世に生まれて来ませんように」って戦い、ティエリアは「人間を知って、狭い価値観を広げる」みたいにしてたと思う。

 そんで、ネーナたちみたいな「悪意を持って悪をなす、まさしく悪」みたいのが出てきてヤンチャしはじめて、ルイズは家族と片腕を失い、サジは「宇宙で働いて、一人前になってルイズを守ってやるぜ」みたいな決意をしたり。

 火遊びが過ぎたネーナたちを、サージェスが「ちょっとオイタが過ぎた街のチンピラを、本職のヤクザ屋さんがお仕置きする」みたいなノリでぶっ殺したり。

 そんななか、アレルヤは生き別れた家族のような存在のマリーことソーマ・ピーリスと再会したり(いわゆる強化人間ネタ)、ロックオンは家族の仇を見つけつつも、無残に散っていったり。

 そんな感じでソレスタルビーイングは無残に散っていくんだけど、「それで世界が統一されるなら、それもやむなし」と思いながら、涙を呑んで死んでいく……みたいな感じだったと思う。

 そういう、「地球上に渦巻く問題や悪(刹那がいうところの「世界の歪み」ってところかな)」をテーマにした、言わば「地上編」がファーストシーズンだったと思う。


 で、セカンドシーズンになるんだけど

 世界は統一されて、確かに平和になったように見えるんだけど、実はそれは、「一部の弱小国や、別の意思を持つ人たちを思い切り踏みつけた、見せかけだけの平和」だったワケで。

 この時点で、ガンダム00のテーマは「現代世界の問題」から「ちょっと近未来の世界の問題」、言わば「現実世界に照らし合わせた00のテーマ」から、「ガンダムシリーズとしての00のテーマ」にスライドしていったんだと思う (いわば「宇宙編」ね)。

 人間は宇宙に進出を始めようと思ってるんだけど、宇宙はまだまだ人が住めるような環境にはなってなくて、そこで労働してる人たちはかなり過酷な環境を強いられてたりする。

 豊かな国が増える一方、やっぱり貧しい国もあるし、世界統一連合に加盟するのを嫌がる国は、軍事力によって強制的に加盟させられたりしてる。

 平和そうに見える世界に落ちる暗い影……過激なまでに世界統一を進めようとする人間たちの暴挙に世界が悲鳴をあげたとき、ガンダムはソレスタルビーイングとともに、再び人々の前に姿を現す……ってのがセカンドシーズンの始まり。

 ティエリアはガンダムマイスターたちのなかでも兄貴分だったロックオンを失ったあと、数年の時を経て大分人間的な柔らかい表情をするようになったし、行方不明だった刹那はエクシアとともにソレスタルビーイングのもとに帰ってきて、「世界の8割の平和を守るために、残り2割の他者を踏みつけにしていいワケがない」と、再び戦いを始める。

 世界統一連合に抵抗するレジスタンス「カタロン」に所属するライル・ディランディをロックオン二号としてスカウトしたり、仲間を失ったショックで飲んだくれてたスメラギさんを連れ戻したり、ハレルヤを失って傷心のまま捕まっていたアレルヤを助け出し、再び動き出すソレスタルビーイング。

 宇宙で働いていたサジも、ちょっとした手違いでソレスタルビーイングと同行することになって、ようやく刹那と一緒になったり(第一期からずーっと待ってたぞ!)。

 過激な統一行動をするアロウズのやり方を嫌いつつも、サジは「一番フツーの人間として」ソレスタルビーイングの行動に「アロウズのやり方はよくない。でも、キミたちの行動だって人殺しじゃないか」って嫌悪感を覚えて、刹那たちと衝突していったり。

 刹那たちもその謗りを甘んじて受けて、「戦いが終われば罰は受ける。人々が俺たちの死を望むなら、この命は差し出そう」みたいなこと言ったりする。

 サジはそんな刹那たちの行動が理解できず、次第にストレスを溜めていってしまって、ついには自分の軽はずみな行動でカタロンの人たちを死なせてしまう。

 そんなサジに、ティエリアは「自分は関係ない、戦争に参加してないから、戦争のことなんか知ったことじゃない。そんな傲慢な考えが彼らを殺したんだ」って教えてあげたりする(二期のティエリアは大人になったよなぁ)。

 そうして「世界や戦争について、自分がどうやって向き合っていくか」って考え始めたサジの前に、ルイスが姿を現すんだけど、ルイスはガンダムに対する憎しみを利用されて、リボンズのペットとして戦わされちゃってる訳で。

 サジが悩む一方、マリーと再会したアレルヤは、がんばってお父さんのセルゲイの許しをもらって、なんとか一緒になることを認めてもらったりしたんだけど、その矢先にセルゲイは母親を死なせた恨みで自分の息子に殺されちゃって。

 ティエリアは敵の正体が「人間が外宇宙に進出するために作られた人工生命体、イノベイター(イノベイド)」だってこと、自分もその一人であることに気づいたり。

 ロックオン二号は敵のスパイのアニューと恋に落ちるんだけど、やっぱりアニューもリボンズに利用されて死んじゃって。

 そんな超逆境の中で、ダブルオーガンダムを駆る刹那に「進化」が始まる。

 この「進化」ってのが、実は富野ガンダム的にヒジョーに大事だったりする。


 えーと、富野ガンダムにはいくつか命題があってですね。

 たとえば、「人類が愚かな戦いをやめるにはどうすればいいのか?」みたいなテーマがあるわけです。

 で、その答えの一つは「人類すべてが、相手のことをナチュラルに理解してやれる存在、『ニュータイプ』に覚醒したとき、意思のすれ違いや価値観の違いによる下らない争いはこの世から消滅する」ってことなんですね。

 「どんな場所にいても、どんな相手とも分かり合える存在」っちゅー、俗っぽい言い方をすればテレパシストみたいなもんなんだけど、そういう人たちがニュータイプだったはず。

 「宇宙に進出した人類が、宇宙って過酷な状況で生きていく中で起きる進化の一つがニュータイプへの覚醒である」、みたいなハナシ。

 宇宙に住んでいる人間のほうがニュータイプってのは多い、みたいな設定があるんだけど

 ガンダムにおける宇宙への移住ってのは、「文明を発展して、数が増えすぎた人類にとって、地球は狭すぎる。だから宇宙にコロニーを作って移住しちゃおう」って意味と、「人類は地球にいるだけで地球環境にダメージを与えてしまう存在だから、地球を休ませるために、人類は多少の間地球から出て行きましょう」って名目だったはず。

 そう言って、未知なる土地である宇宙に気乗りしないまま移住した人々もいれば、強制的に移住させられたりした人たちも沢山いた。

 そうやって人類全体が宇宙にでていくのかな、と思ったら実は違ってて、一部の国の人たちや金持ち、高い身分の人間たち、いわゆる「特権階級」の人間たちは地球に引きこもったまま、宇宙にでようとしなかった。

 地球の居心地が良すぎたんだね。

 当然、宇宙に出て行った人たち=スペースノイドは「話が違うじゃねぇか」って、地球から出ようとしない人たち=アースノイドたちに怒って、二つの種族の間でデカい戦争がはじまってしまう。

 地球に住んでるエリートと、宇宙に追いやられた人たちの軋轢が、ガンダムのなかの戦争のカギとなる感情なんですね。

 で、アムロはそんな戦争に巻き込まれた少年として戦っていくうちに、さまざまな人と出会い、成長していき、戦争の愚かさを知って行くうちに、「ニュータイプ」として次第に開花していく。

 シャアは、スペースノイドの反地球感情をうまく操って悪いこと企んでるギレンたちに復讐を果たそうと、親の仇であるザビ家のもとで正体を隠して闘っている。

 二人は神秘的な少女、ララァを通じてお互いのことを知り、次第に意識していくんだけど、戦争って舞台が三人に悲劇をもたらしてしまい、三人で仲良く平穏に暮らしていくってことはできなかった……。

 ファーストガンダムってのはそういうストーリーだったハズだけど、そんなアムロたちの目を通して語られていく「人間の愚かさ」なんかも同じくらい大事なんだよね。

 そして、なんでニュータイプは宇宙に住む人が多いのかって、地球に住んでいる人たちは、自分と自分の周りしか見えてない、言わば「子供」だからだ。

 家のなかの心地よさは、家の外に出ないと気付かない。
 家の外に出て、そこではじめて「あぁ、家の飯やベッドってのはいいなぁ。早く帰りたいなぁ」って思うことができる。

 同じように、地球の素晴らしさや美しさは、地球に住んでいるうちは実感できない。

 けど、なんとなく居心地がいいから地球の外に出て行きたくない。

 宇宙に出て行った人たちは、自分たちが生まれた家として、母なる地球に郷愁の思いを抱く。

 だから、「重力に魂を引かれた人々」って言い方をする。

 けど、そういうのを振り切った、言うなれば「一人暮らしすることを自然に感じる大人」として宇宙に住んでる人たちは、自分以外にも目を向けることができる。だからニュータイプとして覚醒することが多い、って理屈だったはず。

 戦争って超逆境に追い込まれた子供が、戦いの愚かさや人間の愚かさ、同時に持っている優しさを知り、成長していく……そんな子供たちを、ニュータイプとして取り扱ったりしたりする。

 他人のことや地球のことを考えない、子供のようにワガママな人たちはニュータイプとして覚醒することは決して無い。

 だから、「すべての人間たちがニュータイプに覚醒すれば、この世から愚かな戦いはなくなる」って理屈と同時に、「人間に欲望や煩悩、心がある限り、それは絶対に訪れないかもしれない」って悲しき矛盾も残る。

 ニュータイプの「他人のことや、さまざまな事象を感じ取れる能力」は、「戦場の空気を敏感に感じ取れる、強い戦闘能力を持つ兵士」として、時の権力者たちや偉い人たちの欲望に利用されて戦争に駆り出され、多くのニュータイプや仲間たちは、その感受性や純粋な心を持つが故に悲劇的な最後を遂げる。

 しかし、皮肉なことに「戦争って逆境に追い込まれること」こそが、人がニュータイプとして急速に覚醒することに繋がる原因にもなる。

 だから、「人類すべてがニュータイプとして覚醒する」ってのは、言うなれば「すべての人間が神様になる」って言い方をするのだ。

 そんなロマンティックな思いや、一種の哀しさや儚さが富野ガンダムなんかにおける「ニュータイプ論」だったと思う。


 だから、ガンダム00セカンドシーズンは水島監督と黒田洋介の二人の、富野ガンダムの命題に対する回答なんじゃねーのかな、って思う。

 00に出てくるGN粒子には「人の心や感情なんかの精神を伝達する働き」がある。

 だから、ダブルオーガンダムによって生み出される「濃厚なGN粒子に満たされた世界」のなかでは、「自分の精神が他人にダイレクトに伝わる」。

 だから、マリーのムスコ・スミルノフの「なんでお父さんの気持ちも聞いてあげなかったの?」ってこととか、遠くにいる人たちにも魂や思いが届いたりする。

 けど、サージェスなんかは、他人を踏みつけにしたり、仲間を作ろうともしなかったから、そういうダイレクトなコミュニケーションがとれる状況を「気持ち悪ぃ……」って感じたんだろうね。

 だから、「GN粒子が世界中に満ちれば、世界中の人々が分かり合うことができる」ってのがイオリアの計画だと思う。

 そして、ダブルオーガンダムに乗りながら、さまざまな人たちの思いを受け止めて、「全ての人類が戦いの愚かさに気づき、自ら戦いを止めて、真の平和を目指すための戦い」をする刹那は、「純粋なるイノベイター=ニュータイプ」として進化を始めていく。

 敵とか味方とか、そういったものを超越したところに真なるニュータイプやイノベイターってのは存在するんだろうね。


 00のなかに出てくる「イノベイド」って人たちは、ニュータイプのように精神をお互いに伝達できるんだけど、実は全くニュータイプと違うところがある。

 「同じDNAパターンの個体と、ヴェーダを介してしかコミュニケーションが取れない(合ってたっけ?)」ってところなんだけど、そのせいで自分たち以外の存在に興味が薄い。

 内輪でおさまってしまっているのでは、アースノイドと大差がないのだ(人類が宇宙に進出するためのあて馬として生み出された存在ってのも、ちっとかわいそうかもしれないけどね……)


 リボンズは進化したイノベイドらしい(この辺を劇場版でやるのかな?)。

 彼は「人類が滅亡を逃れるには、完全なる生命体のもとで管理されて生きていくしかない」といった。

 閃光のハサウェイにも出てくる「全知全能で絶対に間違いを起こさない存在による完全独裁政権」ってことを思い出さなくもないセリフなんだけど、ちょっと意味合いが違うかもね。

 けど、リボンズの言ってることはそんなに間違ってはいない。

 「それで世の中が平和になるなら、それはそれでいーんじゃないの」ってちょっと思う。


 「新世紀エヴァンゲリオン」のなかに「人類補完計画(すべての生命体が一つになれば、絶対にすれ違いや争いは起きない、って計画)」ってネタが出てくるんだけど、俺はガキのころそれを聞いた時、「心が覗かれるなんて気持ち悪いからヤダなぁ」って思ったんだけど、20過ぎたあたりに「それはそれでアリなんじゃないの」って考えに変わった。

 「社会のなかで一人の人間として生きていく上で、価値観や考えの違いによるケンカ、わずらわしい人間関係やストレスが解消されるんなら、別に心くらい覗かれてもいーんじゃない。むしろ誤解が生まれないなら安いもんだ」って思ったからだ。

 ついでに言えば、「それで戦争がなくなるんなら、別に全然問題ないんじゃないの。心を覗かれるのに『気持ち悪いからイヤだ』って理由しかないんだったら、ぶっちゃけそれはただの個人的感情でしょ」って考えにもなった。

 困ったことに人間ってのは、他人との距離を縮めれば縮めるほど傷つけあう(ハリネズミのジレンマってヤツ)。

 他人の悪いところってのは、良いところよりずっと目立つし、それを飲み込むってのはダメージになるからだ。

 だから、「愛し合うってのは傷つけあうってことだ」とも言うし、「お互いの悪いところを飲み込める人間同士が、ずっと一緒になれる」とも思う。

 そういう煩わしいのとっぱらって、人類がすべて仲良しになれるんなら、人類補完計画もありじゃないの、って思うようになった(マクロスFのグレイスがやろうとしたのは、女王による統治だから意味が全然違うよ)。


 だから、リボンズの言うこともそこまで間違ってるとは思わないんだけど、ここで大事なのは「人間が、だれにも頼らずに平和を願うこと」なんだよね。

 つまり、リボンズの言ってる世界ってのは、「母親の庇護の下で永遠に子供として暮らす」ってことなんだよ。

 お母さんに守られていれば、子供は自分の生活に心配なんか抱かないし、兄弟ゲンカをしても、お母さんが仲裁してくれて、悪いほうを見つけて叱ってくれる。

 何にも考えなくても、ずーっと平和に暮らしていくことができるからだ。

 けど、そこには問題がある。

 それは、「子供って立場に甘えている間は、人間は決して大人になれない」ってことだ。

 確かに母の言うとおりに暮していれば、大きな問題は起きないかもしれない。

 でも、母親が決めることすべてに子供は満足しているワケじゃないし、不満を抱きもする。

 けど、母の決めたことだから渋々従う。

 これが「今日の晩飯のオカズを何にするか」とかだったらいいかもしれないが、もしも、「今日はどの国の人間を生かして、どの国の人間の数を減らすか」とかだったら、納得できるワケがない。

 確かに生物は、ほかの生物の命を吸って生きている。

 しかし、人間っちゅー自然の摂理から外れきった生物は、その摂理を壊さないように生きられるなら、そうすべきだ……と思う(人間が世界からいなくなるのが一番いい、と思わなくもない)。

 リボンズの掲げる「母親の永遠の庇護を受けられる世界」では、人間は心の底から平和を願うことができない。

 大人になるってことは、「自分から半径5メートルのなかでしか物事を見れない」ことから卒業して、「他人や世界をよく見渡せるようになる」ってことだ。

 他人のことを思いやることができなければ、人は永遠に子供のままだ。

 子供みたいな大人しかいない世界には、決して平和は訪れない。

 だから、刹那は「人間は親離れした子供が、大人として他人を思いやって生きていく世界を考えるべきだ」と叫んだのだ。


 母のもとを離れた人間たちが、子どもから大人になって、みんながみんなお互いを思いやることができるようになったとき、それをすべての人類が心の底から願うことができたとき、人はバカげた戦いをやめることができるかもしれない。

 ガンダム00の最後で、人類はその最初の一歩を踏み出そうとしている。

 クラウスたちやシーリン、それを願って行動する人たち。

 ガンダムや富野アニメだけではなく、多くの物語に流れている平和への願い。

 真の平和が出来上がる日を目指して、人々は歩みだしていく。

 しかし、平和を願う優しさをもつ人類が、それと同じくらいの自分勝手さを捨てない限り、その日は永遠に来ないかもしれない。

 フィクション、ノンフィクションに関わらず、そう思う……。





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 あぁ、めっちゃ長くなったw

 個人的に、ブログとかの媒体に思想めいたことを書くのって好きじゃないんだけど、アニメをオタク語りすると、どうしても語らなくちゃいけない時が多いんだよね。

 うーむ……まぁ、「面白いアニメだったからしょうがない!」ってことで勘弁してくださいw

 オタク語りするついでに、個人的に考える「ガンダム00をもっと楽しむために見てほしい富野作品」を列挙してみる。

 あ、一応見る順番もつけときます。

 1:機動戦士ガンダム劇場版三部作(できればテレビ版も見てぇん)
 2:機動戦士Zガンダム劇場版三部作(富野アニメ入門編に最適……かも?)
 3:聖戦士ダンバイン
 4:ブレンパワード
 5:機動戦士Vガンダム
 6:ターンエーガンダム
 7:逆襲のシャア
 8:逆襲のシャア小説版~ベルトーチカチルドレン~
 9:閃光のハサウェイ
 10:リーンの翼OVA
 11:劇場版イデオン二部作
 12:ブレンパワード(二度目)

 ……こんな感じかな?どこにイデオンを入れるかが難しい。

 富野作品は俺も全部網羅してるワケじゃないから(ダイターンとかザブングルは未見なのよ)、ほかにもあるかもしれんけど。

 エルガイムとかテレビ版Zは後回しでいいです。
 ザンボットも面白いけど、親子観とかが古臭くてついていけないかもしれないので、ここでは保留します。

 とりあえず、上記の順で見れば、ハマる人は富野信者になれると思います(笑)

 劇場版イデオンは、見るタイミングに気を付けたほうがいいです。
 面白さが神がかりすぎてて、自分のなかのアニメや映画とかへの価値観がぶっ壊れてしまうかもしれませんのでw

 とりあえず、ブレンパワードとイデオンは絶対に見てほしい(ここまで来てガンダムシリーズじゃねーのかよ!w)。

 同じ人の脳みそから出てきたとは思えない内容の超面白アニメ(いや、逆に納得がいくか?)なので、是非是非ご鑑賞を勧めます。


 とりあえず、この辺で……ばばばばいびー。
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